ウェールズにある英語学校で過ごした3カ月弱は本当に楽しかった。
けれど僕は英語学校のためにイギリスに来たんじゃなかった。秋からはロンドンの大学に入学する予定だったのだ。その時が近づいてくるとだんだんと不安になってきた。
事前にトラブルが起こったからだ。
数カ月でも日本から離れていると祖国が恋しくなってくる。特に日本語の情報に飢え始めた。当時僕はネットにつなげる時間が限られていたし、パソコンも携帯も持っていなかった。
日本にいたとき、持っていたたくさんの曲をMP3に吸い出してCDRに焼いていた。それを身内に送ってもらった。CDR10枚分ぐらいだったと思う。
けれどパソコンがないからそれが聴けない。そこでCDプレーヤーを買うことにした。
イギリスにももちろん電機店はある。郊外にポツンと立っていた量販店に1時間ぐらいかけて歩いていき、MP3も再生できるCDプレーヤーを買った。
このプレーヤーの存在は本当に僕にとって癒しになった。
英語学校に通っている間もケンブリッジ大学入学への夢は諦めていなかった。すでにオファーはもらっていたけど、英語力が足りていなかったのだ。
ロンドンにあるインペリアルカレッジという大学に入学希望を伝えていたけど、かといってケンブリッジもまだ辞退していなかった。
ケンブリッジ大学は「大学」と「カレッジ」が併存していて、ケンブリッジ大学の学生は30ほどあるカレッジのどこかに属していなければならない。英語学校にいたとき、ガートンカレッジというカレッジから僕を受け入れるというオファーをもらった。
つまり、英語力さえ足りればケンブリッジ入学もできたのだ。
なんとかIELTSをウェールズで受けて、そこで7.0以上を取り、あわよくばケンブリッジ入学を果たしたかった。けれどウェールズにIELTS試験会場がほとんどなく、しかも時間が合わない。僕は考えに考えを重ねた挙句、ついにケンブリッジ辞退を決めた。
ガートンカレッジに「本当に残念だ、可能なら入学したかった」と未練をつらつら並べたメールを送り、入学を辞退した。
あの時の悔しさは今も忘れられない。
夏も半ばに差し掛かったころ、インペリアルカレッジから一通の手紙が届いた。そこには「あなたは学生寮の入居選考に漏れました」と書いてあった。
僕はインペリアルの学生寮に入居を申し込んでいた。学生寮なんて申し込めば簡単に誰でも入れるものだと思っていた。けれどそんなに甘くはなかったのだ。
秋からカバンひとつでロンドンに移るのに、そこで住む場所がない!
どうしろっていうんだ!
僕は絶望した。