イギリスの大学に願書を送ってしまった。
送る前に何度も何度も書いた内容を見返し、一字でも違和感があればやり直して印刷し、A4用紙に折り目が付かないように細心の注意を払い、一番安全で一番速いオプションで郵送した。
それでも何か不備があるんじゃないかと思って送った後も不安でたまらなかった。
印刷には当時通っていた大学院の自分のラボのレーザープリンターを使った。
推薦状の用紙は下部に「●●大学」と書かれたものを使い、その推薦状が大学公式文書であるかのように見せかける工夫をした。ラボのレーザープリンターはポンコツで、すでに印字のある用紙を使って印刷すると、その印字がこすれてズレてしまうという欠陥があった。そのため、「●●大学」の緑色の印字がこすれて用紙中央の方まで緑色のスジが何本も入ってしまった。これはどうにもならなかった。その用紙はそんなに枚数がなかったのだ。
この印字のズレが僕には懸案事項だった。「こんな汚い印刷のせいで落とされたりしないだろうか」と本気になって心配した。
実際、そんなことぐらいで落とされるわけはない。イギリスに来てイギリスの大学のドキュメントを見ればわかる。内容が大事なのであって、用紙が多少汚れていようが審査官はそんなこと気にしない。
もちろん印字が読める状態でなければダメだけど。
イギリスには「パーセルフォース」という郵便物追跡サービスがある。日本の郵便局と提携を結んでいて、日本で追跡サービスのオプションをつけると、イギリス宛の郵便物の場合はパーセルフォースにその郵便物が登録される。
僕はパーセルフォースのサイトに毎日アクセスし、送った願書を毎日追跡し続けた。確か一番最初に到着したのはオックスフォードだったと思う。続いてエディンバラ、インペリアルカレッジだったような気がする。
ケンブリッジ宛ての願書は、イギリスまで入っているはずなのに一向に到着にならなかったのでとても心配した。日本の郵便局に問い合わせの電話をしたら「パーセルフォースってサイトがあるからそこで調べて」と言われただけだった。
いや、そのパーセルフォースが当てにならないんですけど。
ケンブリッジ大の願書はほどなくして到着していたことが分かる。向こうから何らかの形で「受け取った」と連絡を受けたからだ。どういう手段で連絡を受けたかは忘れた。大学の願書受付専用サイトに僕のIDを入力したら「審査中」と表示されていた。
イギリスの大学院留学に入学試験はない。面接もない。まあ英語認定試験のIELTSが試験といえば試験だけど、審査対象のほぼすべては志望動機を書いたエッセイだ。だからエッセイはとても大事なのだ。
もっとも今から思えばそのエッセイの内容もとても上質とは言えなかった。
推薦状はどの大学でも提出が必須だったけど、誰がどんな内容の推薦状を書いたかはそんなに重視されていなかったようだ。僕が推薦状をお願いした日本の大学院の先生は国際的にはそこまで有名じゃなかったけど、別にそれでもかまわないらしい。
ようは、僕が一応「高等教育を受けた人間」だと誰かが保証してくれればいい、というだけのことだ。
もちろん、当時の僕はそんなこと何も知らない。ただただ不安な日々だった。だいいち、ケンブリッジとオックスフォードは要求英語点数を満たしていないのだ。英語力だけで落とされる可能性もあった。
願書が届いてから審査結果を受け取るに数カ月かかったと思う。たしか結果を受け取ったのは大学院を卒業した後の3月終わり、または4月だった。