イギリス留学の思い出

20年以上前に経験したイギリス留学の思い出を取りとめもなく書く

イギリス最果ての村

僕らはアラプールを出て、車でスコットランドをどんどん北上していく。

途中でどこかに立ち寄った気はするけど、田舎なのでどんな場所だったのかほとんど覚えてない。

どこもとても美しく、荒涼としていた。

 

僕らはブリテン島の北の端、ダーネスという村に着いた。

その村の手前の国道沿いに小さな雑貨屋があって、そこがダーネス手前の最後の店だった。僕らはポテチみたいなお菓子とか、ちょっとした食料を買った。

そこにブリキ(というかホーローっぽい)でできた小さなお椀みたいな皿と、スプーン、フォーク、ナイフが一緒になった食器を買った。これは軽くて丈夫で運びやすく、後々の生活でもずっと使うことになった。というか今でも持ってる。

もちろん材質は冷たく、味気ない。

その店は昼過ぎには閉店したので、僕らはギリギリだった。

 

午後、ダーネスに着く。

ダーネスは寂しい村だった。スコットランドのハイランドは本当に荒涼とした土地が続いて寂しい限りだけど、ダーネスは一段と寂しかった。

村といっても車一台しか通れないような道沿いに家が点在するだけで、あとはヒースとアザミが生い茂る丘が続くだけの場所で、とても村と言えるような雰囲気じゃない。

この村は切り立った崖の上にあったけど、その崖が内陸にえぐれ、洞窟になっている場所があった。Smoo Caveという観光名所らしかった。

この洞窟の天井は大きな穴が開いていたので、僕らは上から洞窟を覗いた。穴の向こうに北海が見える。

一度だけ観光バスが来て老人たちがほんの短い間その辺をウロウロしていたけど、彼らが去った後は僕らだけが残り、ひと気がまったくなくなった。

僕はおなかがすいてそこで一人ポテチを食べた。スイス人の同行者は食べなかったので、なんだか申し訳なくなったのを覚えてる。

 

僕らは洞窟を離れる。この村にはユースホステルが一件だけあったけど、無人だった。なんでも夕方にどこからかオーナーがやってきてカギを開けるという。僕らはそれまでダーネスを散策しながら待った。

 

村の北には切り立った崖がある。丘の向こうなので車では近寄れない。僕は荒野を歩いて崖のそばまで行った。ウサギが崖を飛び回っていた。なぜか崖の中腹に燃えた乗用車がひっくり返っている。何が起きたんだろう?

崖から海を眺めるけど、海と空のほかには何もない。人の存在を感じない。一人でいることが割と好きな僕でも、ここでの孤独はとても耐えられそうになかった。

看板があって「ここで軍事訓練をすることがある」と書いてあった。僕はどこかから撃たれやしないかと急に怖くなって、C君の車に戻った。

 

ユースホステルが開く時間になったので入り口で待つ。数人のバイク乗りのおじさんたちもいた。

オーナーがやってきたので受付を済ませて部屋に入る。ホステルの建物内は小ぢんまりとしていたけど割ときれいだった。

 

その後、車で海岸に行った。崖の脇から海岸に出られる場所があったので、そこを歩いた。僕はその場所が寂しすぎて全く楽しめなかったけど、Sさんは「美しい場所だ」と楽しそうだった。

ダーネスは起伏が激しく、小さな丘を登ったり下ったり、車でなければ大変そうだった。

 

夜。ここには明かりがまったくない。本当に星明りだけが頼りの真の闇だ。

キャンピングカーが数台集まる場所があった。そこでカフェをやっている人がいたので僕らは車で暗い夜道を行き、そこにコーヒーを飲みに行った。

小さなプレハブがあり、そこにイスやテーブルが置いてあった。僕らはそこでコーヒーを飲み、カフェの主人の女性はキャンピングカーの奥にひっこんでラジオを聴いていた。

この小さなコミュニティはなんでも核戦争に備えるためにイギリス政府によって設置された場所だそうだ。

なるほど、だからこんなに寂しいのか、と納得した。この村は人類が死滅した後の孤独感に満ちているように感じた。

 

ホステルのシャワーは建物外の別の小屋にあった。僕はシャワーを浴びに行くときにとてつもない恐怖を感じた。一人でそこに行ってしまったら、僕以外の人類がいなくなるんじゃないかと。そこまでの孤独を感じたのは生まれて初めてだった。

大急ぎでシャワーを浴び、部屋のある建物に戻ろうとする。外は真の闇で、まるで宇宙だ。空を見上げると吸い込まれそうになった。

 

僕はC君とSさんのいる部屋に戻り、布団にくるまった。

早くここを出たい。出ないと孤独で死んでしまう。