イギリス留学の思い出

20年以上前に経験したイギリス留学の思い出を取りとめもなく書く

アラプールもう一日

スイス人の男女の友人2人と一緒に車でスコットランドを巡る旅の途中。

アラプールという小さな港町に滞在して、地元の流しの歌手の演奏を聞いたりして楽しんだ。

翌日には出発するはずだったけど、ちょっとした計画変更。

 

僕とC君は出発する気満々でいた。

ユースホステルの食堂で自前の朝食を食べる。おじさんが一人で座っていた。

そのおじさんは英語を流ちょうにしゃべるのでイギリス人観光客と思いきや、ドイツ系のようで、僕らにいろいろ語りかけてきた。

僕はうっとうしかったのでほとんどしゃべらなかったけど、人懐っこいC君はおじさんといろいろしゃべっていた。Sさんは昨日流しの歌手から買ったCDをポータブルCDプレイヤーで聞いていた。

ちなみにこのポータブルCDプレイヤーは僕が英語学校にいたときに買ったものだ。MP3データも読み込めるソニー製の優れもの。Sさんに貸していた。

 

おじさんは「ここのボートツアーでアザラシを見れるよ」と教えてくれたけど、この町を去る気でいた僕はほとんど聞き流していた。

朝ご飯を食べ終わり、すぐ目の前にある海岸沿い道路のガードレールに座り込んで3人で海を眺める。

 

「もう一日ここにいたい」

Sさんが唐突に言った。僕とC君はえっ、と驚いた。もう今後の大まかな計画を立てていたので、そういうわけには、とC君は困惑していた。

僕も困惑した。別に悪い場所じゃないけど、アラプールはやる事がなさすぎる。海岸沿いの道路一本、そこがアラプールのほぼすべてなのだ。

 

Sさんは「お願いだからもう一日ここにいよう」と必死に懇願する。確かに夕べのSさんは楽しそうだったけど、そこまでアラプールを気に入ってるとは思わなかった。

うーんと悩んだ挙句、僕とC君はもう一日アラプールに留まることに同意した。

 

僕らは朝おじさんから聞いたボートツアーに参加することにした。小さなボートで沖合に出て、野生動物を眺める数時間のツアー。ガイドがメガホンを持ち、何か早口で言っていたけど僕には何を言ってるのか全く分からなかった。鳥やら動物も見たような気がするけど、何を見たのかあまり覚えてない。

Sさんはツアー中もポータブルCDプレイヤーで終始昨日買ったCDを聴いていた。滞在延長を切望していたわりにはツアーをそれほど楽しんでいるようには見えなかった。きっと海のないスイスで育ったから港町の雰囲気が楽しかったんだろう。

 

町に戻り、小さな土産物屋を見て回ったり、海をボーっと眺めたりする。海を見ながら、C君と英語学校にいた友人たちの事を話した。僕に良くしてくれた女友達を思い出す。ろくに別れの挨拶もせず帰ってしまった彼女と、もう二度と会えないんだなあと思うとちょっと寂しくなった。

 

アラプールは蚊が多い。ユスリカと言って、英語ではMidgeという。こいつは大量に飛んで来ては人の顔やら体の周りをブンブン飛び回り、時には血を吸う。このうっとうしさはイギリスの夏の風物詩となっていた。

ユースホステルには記帳ノートがあった。いろんな旅人がたくさん思いをしたためていたけど、だいたいみんなMidgeのうっとうしさに言及していて、僕はそれを読んでちょっと笑った。

あるページに日本語がたくさん書いてあった。一人でここに来た人らしい。こんなへんぴなところに来る日本人は僕だけだと思っていたから、とても親近感がわいた。

 

実際、アラプールに来るまでにも僕は寂しさを感じていた。スコットランドは人が少ない。日本人も見ない。そして、旅の後も僕はずっと一人きりなのだ。

この後も、どんどん孤独感が募っていくことになる。