英語学校の話を引き延ばしすぎているのでそろそろまとめにかかりたいけど、書き出すといろいろ思い出してくるので全部書き留めておきたい気分になる。
今だってだいぶはしょって書いてる。このブログは誰かに読ませるためのものじゃないので構成なんか気にせず延々と書きたいんだけど、自分的にも英語学校ばかりで先に進まないのは困るので、そろそろ次の話のことを考えないとな。
といってもまだしばらくは英語学校の話。
英語学校の生徒はだいたい一カ月、長くても2、3カ月程度しかいないので、身軽な荷物で来る人が多かった。現地でも別に困ることはない。そこで大抵のものは買えた。
食料についても、おなかがすいたら現地のチップス(日本でいうフライドポテト)を買えばいいし、マックもあった。まあ英語学校の食事はとてもおいしかったので別に腹を空かすことはあまりなかった。
ちなみに渡英前の僕はイギリスでは何も買えないと思っていた。地球の歩き方などのガイドブックには「イギリスの紙は質が悪いし文房具もすぐ壊れる」と書いてあったので僕はA4用紙を日本から何枚も持ってきていた。でもいざイギリスに来てみると普通のA4用紙がどこでも売っていて拍子抜けした。まあ文房具の質は確かに良くはなかったけど、普段使いには十分だった。
そういう環境なので、別に現地で窮乏することはなかった。でも、僕にとって英語学校はゴールじゃなくてスタートなのだ。この後に大学で勉強しなきゃいけない。祖国の土は大学を修了するまで踏まないと決めていたのだ。
だから、僕は身内に日本の物資を送ってもらうように頼んだ。
その物資が英語学校に届いた。大きな段ボールに、インスタント食品がびっしり詰まっていた。そんな箱が英語学校にいた3カ月のうちに2回届いた。
他の英語学校の生徒は驚いて僕に「こんな短期の英語学校になんでそんなに大量の物資がいるんだ」と言って笑った。僕は「遊びに来てる君らとは違うんだよ」と内心で彼らのからかいに抗議した。
とはいっても、それらの日本食はほとんど英語学校で消費された。インスタントの焼きそばなんかは英語学校の生徒にあげたりした。異文化交流の一環、というほど大げさじゃないけど、スイス人たちとカップ焼きそばを食べたりした。その一人は味噌汁を飲んで「海で口をあけながら泳いでる気分」と面白い感想を漏らしていた。
2回目の支援物資はたしか7月後半に届いたと思う。そのころはもう生徒が減り始めていたので、あまり食料が消費されることはなかった。
英語学校は8月に閉校した。その後僕は、英語学校で知り合ったスイス人2人と2週間のあいだスコットランドを巡る旅をする。
そこでこの支援物資が大いに役に立った。