僕はマンチェスターに降り立った。6月初めのことだった。
とても晴れた日だったことを覚えている。翌日に英語学校に行くことになっていたのでその日はマンチェスターで一日を過ごすことにした。
といっても別にやる事はない。
僕はとにかく緊張していた。なにせ初めてのヨーロッパ体験だ。日本で得たいろいろな情報では、とにかく海外では用心しろ、気をつけろという恐怖感を煽る記事が多かった。カバンを片時も離さないように、つねに抱え込んでいた。
僕はショッピングセンターの入り口付近にある広場に来ていた。
その年は日韓でワールドカップが開かれており、偶然にも僕がマンチェスターに来た日はイングランド代表とアルゼンチン代表が予選を戦うというビッグマッチが行われる日でもあった。当時イングランド代表のキャプテンはデビッドベッカム。ベッカムのホームチームはマンチェスターユナイテッド。というわけで地元であるマンチェスターは町中が大盛り上がりだった。
僕が来ていた広場でもパブリックビューイングが行われるということで、僕はそれを観ることにした。
試合が始まるまでの数時間、僕は何をするでもなくただベンチに座ってボーっとしていた。ほどなく人が集まりだし、地元の音大の学生らしき若者が弦楽四重奏を奏で始める。たしかビートルズの曲だったと思う。大騒ぎするサッカーファンたちが大声で歌っていた。
試合が始まる。僕は別にサッカーファンじゃない。イングランドチームのことなんてほとんど知らない。でもみんなと一緒に大騒ぎしながらサッカーの試合を見るのは楽しい体験だった。その広場には日本の日テレのカメラクルーも来ていて、記者がカメラに向かって何か喋っていた。日本から遠く離れた地で日本のテレビ局のロゴを見るのは妙な気分だ。
試合は引き分けだった。試合が終わるとみんな神妙な面持ちで引き上げていく。僕は無性にトイレに行きたくなって、近くのデパートみたいなところのトイレに駆け込んだらそこにイギリスの若い兄ちゃんらが数人大騒ぎしていた。カバンを抱えた僕はトイレで用を足す間、そいつらに襲われないかとものすごくビクビクしていた。
結局その連中は僕を気に留めることもなくトイレを出て行った。
試合後、地球の歩き方に記載された地図を見ながらマンチェスターを歩く。運河がきれいな街だ。それから科学館みたいなところにも行った。なんせマンチェスターと言えば産業革命発祥の地なのだ。たしか世界初の鉄道もこの地で生まれたはずだ。僕は歴史が好きだったので、教科書に載っている街を実際に訪れたということにとても興奮していた。
科学館には実に様々な貴重な展示があった。けど英語がほとんどわからなかったので雰囲気だけを楽しんだ。
そうこうしているうちに夕方になり、僕はユースホステルに向かった。マンチェスターのユースホステルはとてもきれいだった。予約なしでも泊まることができ、僕の部屋は確か8人くらいが泊れる部屋だった。荷物を置いていくのは怖かったので、チェックインした後も僕はすべてのカバンを持って観光のため再び外に出た。
夕方以降は街外れの運河沿いを散歩していたと思う。運河にはカモがいて人々がそれを観ていた。
僕は違和感を感じる。夕方を過ぎ、午後7時を過ぎても一向に暗くならないのだ。
ヨーロッパの夏は異常に日が長い。夜の10時頃まで明るい。僕はこのことをイギリスに来るまで知らなかった。暗くならないうちに、と大急ぎでユースホステルに駆け込んだけど、そんな必要はなかったのだ。
運河沿いにパブがあって、たくさんの若者がパブの前に広がる庭で大騒ぎしていた。そのうちの一人の男は全裸で、恥部も丸出しにしてビールを飲んでいた。
僕は「さすがイギリスだ」と感心した。