イギリス留学の思い出

20年以上前に経験したイギリス留学の思い出を取りとめもなく書く

留学前にバイトする

ついにイギリス留学が決まった。イギリス渡航は6月初旬と決めた。

3月ごろ合格通知を受け取っていたので、まるまる2カ月ぐらい暇があった。当時僕は小学生の家庭教師をしていたけど、大学院卒業と同時に家庭教師のバイトをやめた。

そして少しでも金を貯めるため他のバイトを始めることにした。

1カ月ほどの短期バイトだ。

 

バイトは出版社の倉庫にある本を指定通りに箱に詰めて出荷するという仕事だった。

一日中、与えられた伝票に書かれた本を黙々と箱に詰め、積んでいく。大変ではあったけど雑念を忘れられて良い仕事だった。

 

別に家庭教師を辞めなくてもよかったと思う。でも当時の僕は体を動かすことこそ労働だという妙なこだわりがあった。きっと頭でっかちというコンプレックスがあったんだと思う。

 

僕と同じくらいの若者がたくさん短期バイトに来ていた。そのうちの一人と友達になった。彼は漫画家を目指していた。このほかにも様々なバイトをやってきたらしく、いろいろなバイトの経験を話してくれた。

「このバイトはむちゃくちゃ楽な方だ」と言っていた。けっこう大変だと思っていた僕は少し驚いたけど、これが社会経験の差なんだろうなと思って彼を尊敬した。

他にも、見るからにヤンキーな未成年の子や、夜間大学に通い休憩中にいつも勉強していた人など、人間模様を垣間見ることができて興味深かった。

 

出荷作業は出版社社員の人たちも総出で一緒にやっていた。普段は営業かなんかをやっているらしいけど、4月は出荷の繁忙期ということで、倉庫のほうに手伝いに来ていた。社員の人たちは僕らバイトと同じかそれ以上の肉体労働をやって汗をかいていた。僕は「この会社にだけは就職したくないな」と思った。

 

バイトをしている時もイギリスの大学とのやり取りを続けていた。僕の下宿先にはネットがなかったので、近くの大学の学生会館にあった共用パソコンを使ってメールを送ったりしていた。

大学院時代の先生に「イギリス留学が決まりました」とメールで送ると、先生は「楽しんでください」と返事してくれた。僕はこの「楽しんでください」というフレーズが気に入った。ものすごく気負っていた僕はこの言葉で少し気楽になった。

実際はイギリスに留学してからは楽しむなんて余裕はほとんどなかったけど。

 

バイトをしている間じゅう、「僕がケンブリッジ大からオファーをもらってること、ここにいるバイト仲間や出版社の人らは知らないんだろうな」と一人思い返してはほくそ笑んでいた。バカみたいな上から目線だけど、当時は僕の心の支えだった。結局ケンブリッジには行かないんだけど。

 

バイトは1カ月ちょっとで終わった。給料は確か20万円に少し届かないくらいだったと思う。けっこうおいしいバイトだった。

このバイト代は、渡航費に消えた。